photo by Marie-Lan Nguyen

 

未来くん フェンシングバージョン

JR山崎駅を降りると、すぐ左手、ちょうど妙喜庵手前の近くの看板の上に、じっくり見ると黒目がちすぎて怖い牛若丸がモデルの「未来くん」フェンシングバージョンがいます。

 

 
大山崎町体育館の入口にも立派な未来くんがいますが、駅前にもこっそり剣をかまえてた未来くんがいます。大山崎町はフェンシングが盛んで、1988年の国体でフェンシング競技が大山崎で開催されたことにあります。そういわけで、未来くんが駅前にいるわけで、今日はそんなフェンシングと大山崎の関係について紹介したいと思います。

 

大山崎町とフェンシング

山崎地域の京都側にあたる大山崎町は、昭和63年1988年の第43回国民体育大会の京都国体でフェンシング競技を大山崎町町体育館にて担当しました。以降大山崎では「大山崎町長杯少年フェンシング大会」を毎年開催してきました。

 

さらに平成12年には「西日本少年フェンシング大会兼大山崎町長杯少年フェンシング大会」、平成17年度には、本事業の承認大会として「全国少年フェンシング大会」へ発展しました。 この大会以外にも、全国学生選手権又は全国学生王座決定戦が隔年で行われるなど、全国規模の大会が大山崎町体育館で開催されています。

 

日本でフェンシング競技に携わっている人で大山崎町体育館はフェンシング界の甲子園のような扱いで、訪れたことがない人はいない、と言っても過言ではないほど、大山崎町とフェンシングは密接な関係にあるそうです。国体開催時は町内でたったの一人しか経験者がいなかったそうですが、現在の大山崎町は「フェンシングのまち大山崎」を目指して取り組みをすすめています。(wikiによれば、フェンシングの競技人口は日本においては全国で1万人ほど)

 

太田雄貴選手の活躍

フェンシングと言えば、太田雄貴選手の活躍が思い出されます。北京オリンピックにて、フルーレで日本フェンシング史上初の五輪メダル(銀メダル)を取ったこと。さらにこの間のロンドンオリンピックの団体戦での準決勝のドイツ戦。残り10秒から同点に追いつき、延長の末41-40で勝利した、あの大活躍の記憶も新しいです。私もテレビでたまたま見てましたが、見事な逆転劇に大興奮しました。太田選手は子どもの頃には大山崎町を活動の拠点とする京都フューチャーフェンシングクラブに所属していたこともあり、大山崎とゆかりがある選手でたびたび大山崎を訪問されています。

 

京都フューチャーフェンシングクラブ

国体以降、大山崎では、大山崎体育館で練習を行っている「京都フューチャーフェンシングクラブ」を中心に、地域の小・中・高生を会員として、年齢や技術に応じて、スポーツを楽しみフェンシング競技の普及、発展、少年少女の健全育成を目指して活動しています。
まだまだフェンシングは、知名度も低く、試合の観戦人数などが少ないのが現状だそうですが、未来の金メダリストが大山崎から生まれることを期待したいと思います。

 

大山崎体育館
〒618-0091 京都府乙訓郡大山崎町字円明寺小字一丁田50
TEL:075-956-0567
JR「山崎」駅、阪急「大山崎」駅→徒歩約25分
大きな地図で見る

 

京都フューチャーフェンシングクラブ
太田雄貴オフィシャルブログ

 

参考記事:月刊地域づくり


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